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2011-03-21(Mon)

災害ボランティア

先日3/20に災害ボランティアに行って来ました。


当初はツーリングの予定だったのですが延期とし仲間6人と
千葉県の旭市の災害ボランティアに参加させて頂きました。

ここ旭市は地震によって津波の被害がでたところです。
東北の被害が甚大過ぎてあまり報道もされてません。


前日の内に車にガソリンを入れたりスコップや長靴を用意し
当日の朝7時頃に私の車とタカの軽トラで出発しました。

二台体制で千葉県旭市に向かい災害ボランティアセンターに着いたのが
9時過ぎです。

早速各々長靴など作業準備を済ませ受付をする為の長蛇の列に並びます。
ある程度予想してましたがものすごい人が並んでます。

受付が12時までなんですが、あまりにも人が多すぎて受付が12時を越える可能性が出てきました。
列の進み具合などを考えるとギリギリいける感じです。

なんとか受付に間に合いました。

災害ボランティアの流れを説明しますと

まず受付
ここで、土木、救護、その他の3グループに分けます。土木がやはり少ないらしく自分ら6人は土木にしました。



次にオリエンテーション
現場に入る時の注意や、長い地震があった場合はすぐ退避することなど(津波があった場所ですので)



グループ分け
基本5人体制ですが自分らは6人しましたので6人になりました。
ここでリーダーも決めます。



ボランティア先の決定
災害ボランティアは被災者の方がボランティアセンターに土砂の撤去や家具の移動、廃棄など
まず被災者が頼むみたいです。
そしてそれを受けたボランティアセンターが適任のグループを振り分けていく形です。
大半は土砂のかき出しや壊れた家具の撤去など土木作業でしょう。



現場作業
直接いけるグループは直接被災者宅へ行き指示に従います。
センターから遠い場所で自力の車でいけないグループは送迎車に乗っていきます。
自分らは直接行きました。



報告
作業は15時までです。15時まで作業をしたらセンターに戻り報告をし
終わりとなります。


私達はあるラーメン屋さんを経営してたお宅でした。
場所を確認し現場に向かいます。
現場までの道はすさまじく、倒壊してる家屋などが散見されTVで散々見ていた
映像ですが改めて津波の恐ろしさを感じました。

12時半頃現着し作業指示をもらい作業にとりかかります。
一回店舗部分やトイレ、座敷だった場所の土砂の撤去にかかります。

中は凄いです。
何もかもが壊れ何もかもが海水に漬かった跡があります。
道路沿いにある窓ガラスは割れ床はしめった土に被われてます。

スコップで地道にかき出し台車で運び、濡れた畳を運びデカイ洗面台なども
運びます。

被災者家族とまじり6人総出でやりました。
最終的に全ての土砂をかき出すことが出来ました。

本当に全ての物が壊れ、全ての物が土砂で汚れ使えません。
壁を見ると胸の高さ以上の水が浸水してたことが解ります。

被災者の方達の方が大変な思いをされているのに多大な感謝と
お心遣いを頂き作業を終えました。

正直、2時間で1階フロアとトイレ、お座敷と、全ての土砂のかき出し
が終わるとは思いませんでした。

ボランティアというのは自分が自分の意思でやりたいからやります。
だから必然的に皆やる気があるということなのです。
仕事とは少し違うこの力は凄いですね。

皆、ある程度の指示を貰えれば自分で仕事を探しモクモクと仕事をこなします。
皆がひとつのことに集中してる為、意思の疎通がはかどり結果作業が格段に進んだのでしょう。

被災者の方達が自分達をプロと間違えるぐらいです。

今騒がれてるガソリンや生活必需品の買占めなどの人の力です。
私達一人は小さくても大人数が集まれば絶大な力になります。

良い方にも悪いほうにもですよね。
この人の力、統率するのは大変ですが絶大な力になるでしょう。

今回実際災害現場にいき災害被災者にお会いしたりして
現状をみると復興に一番必要なのは正直お金だと思いました。

これはリアルな事実です。
寝具、畳、柱、食器、厨具、机、椅子、壁紙、ドア、ガラス、ガレージ
水道管、排水溝、その他大部分。

全部です、全部。全部新しくしないといけません。
床と柱のスキマからは砂と土がいくらでも出てきます。

本当に過酷で大変なことだと思います。
それでも頭を深々と下げ感謝の言葉を掛けてくれる被災者の方達。
土砂をかき出し自分の家と店舗の床が見えることに希望を感じていただいたのでしょう。

そのことが今後の復興にむけてのエネルギーになるのかもしれません。
ならば、ただ土砂をかき出すということよりも効果はあるのかも知れませんよね。


最後にボランティアについてあくまで私の個人的な考えです。

偉いとか、するべきだとか、そういう論争は私はどうでもいいです。
当たり前だからといいたいのでは決してありません。私はね。
比べるものではないと言いたいんです。
偽善でも自己満足と言われてもいいです。
個人の意思で判断し、迷惑でなければ少しでも力になれば良いと思っただけです。

ただ、日常の不便さにいつまでも文句を言ってたり自分だけ良ければよいと買占めに走ったり
するのはどうなんでしょう?

未曾有の惨劇を目の前に少しの痛みさえ分け合えないのでしょうか?


ましてや災害に乗じて儲けをむさぼる輩や火事場泥棒、詐欺
チェーンメールなどは軽蔑します。

憎むべき相手さえいない自然災害です。
誰にでも起こる明日はわが身の出来事なんですから。
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テーマ : 日記
ジャンル : ライフ

2009-12-07(Mon)

僕の体験談シリーズその③・クルマ盗まれちゃた編

皆様、お疲れ様です。髄です。

師走も初旬真っただ中ですが忙しいですか?・・・そうですか。頑張ってください。
それとも暇ですか?・・・そうですか。頑張ってください。


一年の最後の月、良い年をさ♪迎えられるようにもうひと踏ん張り頑張りましょう。


しかし、とにかく寒いですな・・・。
一回ぐらい冬をパスしても良いのでは?っと日々思う髄です。



さて今回は体験談シリース第3弾です。
題して、車盗まれちゃった♪編です。


時は6年前2003年の出来ごとです。

当時私の乗っていた車はセリカXXというものでこれがボロイボロイ(;><)
自分の不整備のせいですが穴はあいてるしボデーからは鉄粉。


いまだに誰も信じてくれないんですが一度ウォッシャー液がライトから噴水のように出ました(;^ω^)
そんな車はもうイヤなのさ・・・。ってことで買い換えを決定!!

乗るならスポーツカー!!っと決めていた自分。
さて何にしようか?

条件は7条件

①・・・4ドア
②・・・MT
③・・・150万円まで
④・・・国産
⑤・・・フルノーマル
⑥・・・走行距離5万以下
⑦・・・事故歴無し。

その中で気に入ったのはインテグラタイプR。(初期型でこだわりの4ドア)
いいねぇ・・・タイプR・・いいよぉ・・・(;´Д`)ハァハァ

予算ギリギリでしたが埼玉までいき試乗し購入決定(・∀・)
フルローンぶちかまして念願の納車です。

埼玉から乗って帰る訳です。
好きな人は解ると思いますが、バイクも車も納車日の興奮って最高ですよね?
もうね独りでニヤニヤ・・・(・∀・)

レッドゾーンまでまわすと官能的なサウンド。
VTECですよVTEC!!そこの奥さん(;´Д`)ハァハァ

自分の腕ではとても乗りこなせるような車では無いですが
大事に大事に乗っていこうと心に決めてニヤニヤしたあの日。


毎晩意味もなくドライブ。
た、たのしい・・・やっぱり乗り物はいい(・∀・)


そして3か月ともにしたあの日・・・。

その日私は仕事を午前中に終え、夕方から仲間と栃木の友人宅へ遊びに行く予定でした。



仕事から帰宅すると・・・



母ちゃん「髄、あんた車どうしたの?停まってないよ。」

「はひっ??(;・∀・)」

髄「母ちゃん・・・い、今なんとおっしゃいました?」

母ちゃん「車ないよ!!ク・ル・マ!!」

髄「うそ?パクられた!!盗まれたんだよぉっ!!」

母ちゃん「ええぇぇぇぇ!!!どうすんのよ?」

髄「しらんがな・・・('A`)」


とりあえず警察を呼び現場を見て調書をとります。
これがねぇお決まりのように、淡々とめんどくさそうにやるんですよ。


そりゃ、おまわりさんからすれば日々の仕事の一環でしょうけど・・・。
ねぇ・・・
こっちは車盗まれてんだからさぁ・・・。
もう少し被害者感情ってやつを考慮してください。


言われて腹立つ言葉(#^ω^)


①・・・おそらく出てきません(#^ω^)イラッ

(せめて探しますぐらい言って下さい)

②・・・まず身内や友達に貸してないか確認してください(#^ω^)イラッイラッ

(それがないと解ってるからあなたを呼んでるんですよ)

③・・・この車はよく盗まれるんですよねぇ(#^ω^)イラッ×3

(だからどうした)

・・・っとまだありますが散々です。
ローンはまだ3カ月しか払ってないし、何よりも無いのです。車がっ!!


初めて犯罪に会いましたよ。
もう非条理でしかないですね。
こっちは汗水たらして働いて働いてやっと買って大事にしてた訳です。

ちなみにお金がなく盗難保険等はいっていませんでしたので
残ったのはローンだけ・・・(゚A゚;)


ヒドイもんです・・・。


仲間内でも総出で探してくれたんですが、まぁ・・・見つからず。
けど探してくれた仲間には感謝です。


自分も1週間ぐらい夜な夜なふ頭やフェリー乗り場まで勝手に入る始末。
もう涙目です。
それ程くやしかったし悲しかった。


今となっちゃ過去の話しですが・・・今でも腹立つ(#^ω^)



車やバイク、持ってる人にとっては大切な宝です。


盗難、防犯対策これは確かに大切です。


けど、怠った場合でも盗まれた人は悪くないでしょう?
人によってはその痛みも知らず盗まれた方が悪いばりに言う人もいます。

さぞや自慢げにね・・・。

自分の車の盗難現場にでくわして体を張って止めようとし
轢かれて死んでしまう事件がありますよね。


それは本当に宝物だからです。
どんなものでもその人にとっては大事なものなんです。

それは他人が決めることではなくその人が決めることですから。


止めようとして轢かれてしまう人はバカですか?
冗談じゃないっ!!


たとえキーを差しっぱなしでも盗んではいけないんです。駄目なんです。


損、得だけで生きてる人が正直に生きる人から搾取していくのです。
正直者が報われる社会ではなく、正直者がバカを見る世界・・・。

絶対に犯罪がなくなることはないし、正直者がバカを見るこの構図もかわらないでしょう。


・・・さびしく不条理でバカバカしいこんな社会。



でもね、それでもクサらず胸はって正直に生きるしかないじゃない?

くさって人生すれちゃったらもったいない。
生きてる以上生きることに頑張らないとね。


以上、僕の体験談シリーズその③・車盗まれちゃった編でした。

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ジャンル : ライフ

2009-11-18(Wed)

僕の体験談シリーズその②・骨髄バンク編パート②

さて、では前回の続きをかきます。

僕の体験談シリーズその②・骨髄バンク編パート②ですね。


まずHLA型が適合し骨髄提供候補者に選ばれると
コーディネーターと呼ばれる人が自分につきます。


この方がとても重要です。



医者と自分のスケジュール管理や提供者の疑問や心のバックアップからなんでもします。
また、レシピエント(骨髄をもらう人のこと)側ともスケジュール調整します。


ようはマネージャーみたいな感じですかね?
話をきいたりすると、とっても大変な仕事なのが解ります。


このコーディネーターさんが居ないととてもじゃないけど骨髄提供は出来ません。
私を担当してくれたTさんは女性で、バイクが好きで2ストを乗ってたような・・・。


よくモトGPの話をしてたのを覚えてます。とっても良い方でした。
次にお呼びがかかったら同じ人がいいです。

そしてコーディネーターと最初に受けるのが医師による健康診断と
詳しい説明とリスクの説明です。


けど・・・病院にほかに5人ぐらい居ました。


・・・そんなに一気にHLA適合者がいたんですかね?
それはいくらなんでも考えにくいですよね?


皆さんそれぞれ別の患者を担当することになっていたかもしれません。


説明をうけたあとは、最終同意をするかどうかを親族含めて検討します。
骨髄提供には親族の同意が必要です。


万が一が起きたら遺族になる訳ですからあたりまえですよね。
もちろんウチの親も反対しました('A`)


ちなみにリスクといっても日本の骨髄移植での死亡事故は発生してません。
一番怖いのは手術当日の全身麻酔です。


それでもわざわざやることないと親はいいます。


まぁ色々と説得を重ねた結果なんとか理解してくれました。
親父と一緒に弁護士さん立会いのもと最終同意をしに行きます。


前回も書きましたがこの最終同意の後は撤回できません。


この後から大変です。
健康診断やら・健康診断やら・採血やら・採血やら・採血やら・日程管理やら。



病院に7回ぐらい行くことになります。
そのたびに行列にまち診察をうけて帰る。

しかも基本平日にいかないといけません。


その当時の私は午前中しか仕事してませんので良かったですが
普通の仕事の方は会社の理解も必要だと思います。


後、重要なのが手術から一週間ぐらいは会社を休まないといけません。
こういった所が骨髄移植の難しさでもあるんだと思います。


私の場合は有給をとれる見込みがあったので良かったです。


順調に検査など体重など色々やってると気になることがありません?


そう・・・私はどこの誰に骨髄を移植するのかということです。
やっぱり気になりますよね?


ちなみにこれは一切わかりません。
もちろん教えてくれないのを解ったうえでやってますが・・・。


私に教えてくれるのはどこ地方に住んでるかと、性別、何十代の方かということです。
一応、守秘義務とかあったらまずいので伏せときます。


会うことはもちろん駄目です。
利害関係を生むからですね。

その後どうなったかも教えてくれません。


そもそも善意の行いですから、相手がだれでもいいわけです。
自分は骨髄を移植するのに全力を出すだけなのです。
もちろん自分もなんらかまいません。

そんなこんなで手術に向かってがんばっていても
手術日が二転三転してしまうのです、スケジュール調整が大変です。


レシピエントさんも相当大変なんでしょう。
むこうは移植を決意して最後の望みに賭けている訳です。


自分が悪いことした訳でもないのに病魔におかされるんです。


こんな不公平が世の中に当たり前にあるんです。
世の中が不公平なのは知ってますとも。


では自分がなったも素直にしょうがないと思えますか?
世の中を憎み妬み腐るかもしれません。

(なんで自分が?なんで自分だけなの?)と・・・。


その中でレシピエントさんは死ぬ覚悟で生きてるんです。
そして移植を最後の決断をする訳です。

やっとHLA適合し治すために。あの時に帰るために。


それをこんな自分が骨髄提供すれば治せる可能性があるんです。
だから自分はやるんです。



それが偽善だろうが同情だろうがヒ-ローになりたいだろうがなんでもいいんです。
やることが重要なんです。
人ひとり助けるのに必要なのは言葉じゃなく行動です。


だからこっちもがんばります。全力でがんばります。


一週間の休みを2回、3回とずらし急なスケジュール調整も多々ありました。
本当に職場の方には助けて頂きました。
自分一人の力ではありません。


この辺りから知らない方だけど共闘感みたいなのが生まれてきました。
お互いがんばろう。もう少しだってね。


ちなみに手術で自分も大量の血を抜きますので自分の血を輸血するんです。
ですから段階的に自分の血を採血してとっておくんですね。
一リットルぐらいだったかな?
自分は採血が一番つらかったです・・・。血ぬくのって痛いよね。


そして手術が近くなると鉄を飲み始めます。
これが気持ち悪い・・・。
一緒に胃薬も処方されるんで一緒に飲まないとキツイですね。


いよいよ一週間前になりました。
じぶんも決意でみなぎっていたんですが
仕事中にコーディネーターから電話がきました。



コ:「・・・・・・・髄さん。すいません・・・・・・手術は中止になりました・・・・。」



髄:「中止って・・・・。どういうことですか?・・・まさか・・・そういうことなんですかね?」



コ:「すいません・・・。言えません・・・・・。」


~その後10分ぐらい会話


しばらく茫然としておりました・・・。

生きる為に最後までがんばったんでしょう。
もう少しで移植日だからと・・・。


あと8日・・・あと7日・・・。と刻んでいたのかもしれません。
私達が日々惰性で過ごしている一日とは重みが違います。
最後まで希望に生きたんです。

申し訳ないです・・・遅かったんだな・・・。


間に合わなかったかどうかは正直私にはわかりません。


くやしかった。本当にくやしかった。
結局わたしは救えなかったんです・・・。


今までやったことはなんなんだっていう意味ではないんです。
あの人を救えなかったこと、それだけがくやしいのです。


聞けば手術中止は大変めずらしいとのこと。
コーディネーターの方も数回程度の経験らしいです。


人を助ける難しさ、大変さを痛感しました。
私はこの出来事が今でもくやしくて悲しい。


早くまたHLA型が適合しないかと思っております。


しかし、あの人を救える訳ではないんです。
ここに人の命の重さを体感した気がします。



私たちはまともに生きていられる幸せ大切さを噛みしめなければいけなんです。




ちなみに私のペンネームの髄(ズイ)も、ここからとっているんですよ。


私が思った、人を救う大変さ、重さを書きましたがものすごい長文になりましたね(;^ω^)
最後まで読んで頂き感謝です。


以上体験談その② 骨髄バンク編でした。

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2009-11-16(Mon)

僕の体験談シリーズその②・骨髄バンク編パート①

今回は僕の体験談シリーズその②

骨髄移植手術編です。

ただ、残念ながら手術直前で無念の中止となりました。
しかし、それまでの過程も貴重な体験と思いまして体験談として書こうと思っとります。


私が24歳か25歳ぐらいだった時の話です。


まず骨髄移植手術について簡単に説明します。

私なりの説明なんでいたらぬ部分が多々ありますがご了承ください。

まずなぜ移植が必要なのか?
人間には骨髄というものがあります。

そこで血液を作ってるんですが、白血病などの疾患が有り正常に作れない人がいます。
そこで正常なひとから骨髄を移植する訳です。

私達が普段血液型と呼んでいる。A・B・O・AB型。
これらは赤血球の型です。

骨髄移植で必要なのは白血球の型が同一でないとなりません。
これをHLA型と呼びます。

HLA型の一致は兄弟姉妹の血縁者で25%です。
両親から半分ずつ遺伝する為、通常親子では一致しません。(例外はある)


よって血縁者に適合者がみつからない場合は
ドナーバンクなどを使って非血縁者移植を目指すのです。


非血縁者の場合の適合率は数百~数万分の一と言われてます。
これでもアメリカとかよりかは、驚異的な適合率なんですよ。


アメリカは移民文化なので、多種多様の人がいるからでしょうね。
ようは日本人同士はとってもにているのです。


しかし、単純にいえばドナーバンクに登録している人は血縁者を外している人たちなのです。
少ない希望にかけてバンクに登録しているのです。


先天性のものもあれば、急性の場合もあります。
年齢も老若男女全てで発症します。


そんな状況を健常者が救える場合があるということ。


自分って何か出来るのか?
この社会で自分の意思で、自分がどこまで出来るのか?


そんなことを考えてた時に、街の電光掲示板に骨髄バンクの電話番号が流れてました。
なんとなく気になって気づけば電話帳に登録してましたよ。


色々自分で調べ、決意するのに2カ月ぐらいかな?
保健所で採血しドナーバンクに登録しました。


適合しても拒否できるし、ドナーバンクの登録を末梢することも出来ます。
よって記念的に登録する方もいらっしゃるようですが(それを否定してる訳ではないです)


しかし、手術直前まで行くと拒否は絶対にできません。
なぜかと言うと私の骨髄を受ける方は手術日に自分の骨髄細胞を全部壊します。
よって、新しい骨髄細胞を移植しないと、造血出来ない為確実に死んでしまうからです。


ここだけは口すっぱく言われました。


登録するも日本人は適合しやすいと言っても中には10年以上適合者が居ない方もいます。





・・・





・・・・・・・




ワタクシなんとっ!!5ヶ月ぐらいで適合者リストに選ばれたんです。



まさかっ・・・て感じは正直ありました。
今後どうなるのかという不安と、恐怖もなかったと言ったらうそになります。
私は入院もいたこと無けりゃ、もちろん手術なんて・・・。(゚A゚;)



しかし、私は移植する為に登録した訳です。



びびってんじゃないわよっ!!



命を助けるのに簡単な訳ありません。解ってたことです。



うおぉぉぉぉ!!
それならばやってやろう!!やれるだけ全力を出そうって感じですな(・∀・)



5人ぐらい候補者がいますんでまだ私に決定した訳ではないですが・・・。
なんぼのもんじゃい。


しかしこの後、人を一人助けることの大切さと大変さを痛感しました。



次回へ続いてもよいですかな?


次回に続きます。です。

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2009-10-01(Thu)

僕の体験談シリーズその① レーシーク手術編

どーもどーも髄です。

今回は、私の体験談でも書こうかなと思っとります。

色々やってるので、シリーズ化でもしようかなと。
皆さんの中には気になる様なことを、やってるかもしれませんので参考までに。


まず一発目はレーシック手術です。



私は今から4、5年前ぐらい前かな?忘れました(・∀・)


とにかくレーシック手術をやりました。

中学くらいから視力が下がり、メガネキャラだった私(萌)

しかし、眼鏡というのはかわいい女子がかければ武器になりますが
頭モジャでかけても、なーんも、なーんも良いことなんかありゃしません。

コンタクトレンズもしましたが、使い捨てコンタクトを使っても
どうしても強烈なドライアイを起こしてしまうんです。

目薬さしただけで、取れてしまうぐらいです。
だからコンタクトもツーリングや、今日は勝負やっ!!っていう日ぐらいしか着けなくなりました。

ひと月分で一年持ちましたからね。


そうなると基本は眼鏡状態なんです。
メガネキャラの人は解ると思いますが、もはや体の一部ですよ。


一回、眼鏡をしながら眼鏡を捜したほどです。

しかし、眼鏡はフルフェイス被る時や、色々と面倒なことが多いんですな。
無くしたり、割ったりした日には終わりです・・・。

車等には乗れないし、日常生活が出来ません。
目が33←こうなります。

新しいのを買うにも見えなくて眼鏡屋に行けません。

行っても何買っていいか見えません。

よって将来のビジョンもみえなくなるのです。(゚A゚;)




そんな生活を悶々と送ってるとチラホラ、レーシックなる手術を耳にするようになりました。
詳細を調べると・・・気に入った(・∀・)
わし気に入った(・∀・)ってなりました。

裸眼で見えるなんて夢のようです。

ですが、問題は二つ!!
安全性と料金です。

安全性は、タイガーウッズ始めスポーツ選手がやり始めたのを聞いて安心しましたが
まだ怖い・・・。周りにはやった人は一人も居ないし・・・。

タイガーウッズが施術した所と、おいらが施術する所のレベルは絶対に違うし。

そこで、ある時バイク雑誌にモータージャーナリストの柏秀樹さんが
レーシックやったのを見て確信しました。
なんか身近に感じたんでしょうね。


けど、安易には決めてないですよ。ちゃんと調べて納得の上です。


検査をうけて説明を受けて、あとは結局自己責任ですから。
絶対は何事にも無いし、自分で判断するしかないですからね。


金額は両目で20万ぐらいだった気がします。
その当時では安い方でしたね。今でもそのぐらいしますから。


さて手術当日、まず点眼麻酔を両目にうちます。

その後は私の角膜上皮とボーマン膜というカッターで端っこまで切ります。
後でかぶせる為に蓋を作るんですね。

その後はむき出しになった、角膜の実質層にレーザーを使いミクロレベルで凹凸を作るんですね。
よって屈折率が変化して、近視が治るという寸法です。

レーザーを照射した後は蓋を閉じて終了です。
時間は30分ぐらいですかね。

術後は暗室でしばらく安静にして帰宅となりました。
普通は翌日ぐらいから視力が回復するんですが
私は当日の夕方ぐらいからなんか見え始めました。

みえるっ!!私にもみえるぞっ!! ジオン公国・S大佐談
って感じですな。


感動です。眼鏡がいらないんですよ。奥さん(;´Д`)ハァハァ

後日再検査していよいよ視力検査です。

なんと両目2.0!!

きたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(・∀・)

まだ視力が安定するのに半年ぐらい掛かるんですが半年後も2.0でした。

しかし、後遺症がなにも無いかというとそうでもありません。


ハローグレア現象と呼ばれるもので、夜間などライトの輪郭がぼやけるのです。
これは夜間バイクなど運転する人にはちょっと困りますが。
全然許容範囲です。

個人差があるようですが、私は今も症状はでます。
ちなみに視力もさすがに落ちてきました。

けど、まだまだ裸眼で運転してますしハローグレイがあっても
レーシックを行って後悔はしてません。

むしろ今でもやって良かったと思ってます。

眼鏡やコンタクトの皆さん。
これから一生眼鏡を買い続けたりコンタクトを買うならレーシックはけっして高くないです。

マフラーやサスペンションを購入するつもりで選択肢にレーシックを入れてみるのも
いいんじゃないんでしょうか?


ちなみに私は二人紹介しました。


最後に、安全といっても眼を手術する訳です。
個人差があるのは当たり前だし、失敗の可能性も無いとはいえません。

最近でもレーシックで事件がありましたよね?
事実、人的理由ですが失敗の事案があるわけです。

ようはあくまで自己責任だということ。
それを自分で理解し自分が判断するんです。
もしやるなら、これだけは絶対に思ってください。

参考にするのはいくらでもして判断してくださいな。

なにか解らないことなど、あったらいつでも相談してください。
ここにやった人間いるんですから使って下さい。


以上。
僕の体験談。レーシック編でした。

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プロフィール

髄

Author:髄
食べ放題のインドカレーと、仲間とのお酒やツーリングが好きな千葉県に生息しているヘッポコライダーです。
見かけたら後ろ指差したり石を投げましょう。

バイクにかぎらず色々なことを書いてます。

駄文ですが読んで頂けるだけで光栄です。

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